■ 世界遺産ってどんなもの?

世界遺産は、 世界中にある遺跡や景観などを保護するため、1972年ユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基いて選定されるようになりました。
一口に世界遺産と言っても「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」「危機にさらされている世界遺産」などの種類があり、それぞれの世界遺産の種類になって区別されます。
登録されるためには、「顕著で普遍的な価値」を持つことが条件で、先日の石見銀山の登録でも分かるようにその登録の条件は厳しいものであることが分かります。近年では世界遺産の登録数が増えたため、その登録基準も厳しくなっているという指摘もあります。また、登録後も登録された内容の保護・管理が適正に行われているかのチェックもあり、世界遺産への登録は観光客が増えるなどの良い面がある一方、観光客が増える事で管理や保護が難しくなるという面もあるようです。

 
■ 世界遺産の歴史

世界遺産は1960年代、エジプト・ナイル川流域のダム建設によって水没の危険性のあったヌビア遺跡を救うため、世界の国々の支援によって行われた考古学調査、遺跡の移築などをはきっかけに開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然等を国際的な組織運営で守ろうという声が高まり、1972年11月16日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会において満場一致で成立した条約です。

園比屋武御嶽石門 とは?

『園比屋武御嶽』より : 園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)は16世紀の琉球王国・尚真王時代の御嶽 (沖縄) 御嶽で、沖縄県那覇市首里真和志町一丁目に位置する。
御嶽は国王が各地を巡航する旅に出る際必ず拝礼した場所であり、また聞得大君が就任するときにまず最初に拝礼した、いわば国家の聖地だった。
もともとはいまより広範であったが、現在では小学校の敷地となっている部分もあり、残されているのはその一部である。首里城歓会門と守礼門との間にある園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)がこの御嶽の礼拝所である。
園比屋武御嶽石門は、1519年に第二尚氏王統第3代王の尚真のときに造られた石門。オヤケアカハチの乱で、王府軍が八重山へ出兵したさいに、将の一人であった大里親方に見込まれ首里に連れてこられた西塘により創建されたとされる。

園比屋武御嶽石門の詳細

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